中村元―まるでインドの地に深く根を下ろす世界一の巨木、バニヤン樹のように、学殖と智慧と慈悲に満ちた巨大な偉人。
バニヤンの樹は、幹から横に枝がのび、その枝から馬の尻尾を思わせる気根が出て、空中にたれ下がる。気根はだんだんと生長して地面に達し、さらに地中にのびて木の根となる。はじめは細かった気根の部分は、やがて堅く太くなり、立派な幹へと姿を変える。りっぱに変身した幹からは、ふたたび新たな枝がのびはじめ、そこから気根がたれ下がり、別の新しい幹となる。
こうしてたった一本の幹から何百本もの幹ができ、ついに壮大な林を創りあげる。そして、容赦なく照りつける太陽の暑さを逃れてくる人々を、分け隔てなく優しく迎え入れ、木陰の涼しさをそっと与えてくれる。そんな強く優しいバニヤンの樹。
インドという地に生まれ、この大地に深く根を下ろした仏教の「中観哲学」の研究にはじまった中村元博士の仕事は、インド哲学、仏教学、そして比較思想、はては世界思想構築という、誰しもなし遂げえなかったいくつもの大きな幹を形成し、それぞれの幹は多くの枝を伸ばして、新たな研究を生み、また研究者を生み育て、やがて東洋思想の研究を推進する大いなる森、中村元東方研究所が育まれました。
そのもとには、疲れ乾いた心に涼を求める人々がしぜんと集い、深く広い研究に裏打ちされた「慈しみのこころ」に癒される場が生まれ、いかなる隔てもなく共に学べる寺子屋、東方学院が誕生しました。